八郎太郎伝説Ⅱ<難蔵法師>(北秋)

=真澄記=

昔、播磨の国の書潟山の麓にある白瀬寺に、法華経を読んであけくれる法師があった。その法師の名は難蔵と言った。 

ある日、ただひたすらに読経をしてその数三千部に至った時「若かりし後終の棲家を得て読経したいもの。」と思った。

弥勒の仏にすがろうと、熊野に3年ばかり修行して千日になった日の夜夢を見た。夢うつつの中から白髪の翁が現れて「東に下り、陸奥の国と出羽の国の境に言両(ことわけ)という山がある。そこに分け入って住めば弥勒仏の境地に至らん。」と言う。 


難蔵法師は、夢に見たとおり旅をして、百足のわらじが尽きようとした時、まさしく十和田湖に来ていた。 

「こここそ、我が住める所」と、湖岸の古松の下にある窟に草引き、木の葉を分け、水を引いて食い物も断ってひたすらに経を唱えていた。

 

あるとき、きれいな女が現れて「毎夜この経を聞きたい」と言う。 

「これは、私の修行を妨げようとしている」と思い、難蔵はわき目もふらず、ますます魂を込めて経を唱えた。 


女が言う「我はこの湖に住むおろちです。願わくばそこにいて経を読み続けて欲しい。」 

そして「我は稀有に得難き経を聞いて5障の雲がたちまち実りの風に晴れ、心の月を涼しく輝かせた。この湖に八頭の大蛇(おろち)がいて、我を妾とて我が棲家に居つくこと久しい。願わくはこの湖の怪を化導して欲しい。そうすれば、私はあなたに身を任せて添い遂げましょう。」


難蔵は思った。 「私は観音菩薩の教えのままにこの湖に来た。仮にこの女に堕ちたとしても、これも教えだろう。」 そう思うとなんだか力が出てくるようであった。   

 

難蔵法師は、「そのおろちがどんな者でも、御仏の力、祈りの力を持てば、運は私に味方するだろう。」と、八巻の経文を頭上に押しいただき、風雨の中でもひたすら経を読んで時を待った。 

すると、大渦の中に黒い鱗(うろこ)を逆立てて、歯を鳴らし、一のみにしようと、八頭のおろちが現れた。 


難蔵はたちまち九頭のおろちに身を変えて、湖の淵に立つ。 

かくて、左右より喰いかかり、噛みあい、牛が吼えるような声が山谷に響き、どよめき、二つのおろちの眼が放つ光は、稲妻のように照った。

広い湖の水面も、血の海に染渡り、岩や根木の裾もほとばしる血に染まった。 


八頭のおろちは、尾に大松が塞がって、身動きがとれない。

それでもなお戦いますが、ついになすすべが尽き、南へ逃れて去っていったそうだ。 

真澄:十和田湖から八甲田山

真澄:十和田湖(冑嶋・兜嶋)


十和田湖から八甲田山

十和田湖(冑嶋・兜嶋)