太平山俗説<ひるこ物語>(太平)

=真澄記=

昔この山には三吉という鬼神がいたそうだ。

土地の者は山鬼神(さんきじん)と言って、たいそう恐れていた。

 

樹神(こだま)、魑魅(やまびこ)や天狗、大人、山人などともうわさされたが、本当に三吉はいるものやら。

50年も昔になるだろうか。ふみ月(旧暦7月)の初め、山賊のような男が手桶、椀、敷物などを持って山奥に入るのをきこりが見ていた。

あやしく思い後を追ったが、はたして、はるばる山中に大きな家があった。              


男の妻には3人の子供がいた。 太郎はしっかりもの。次郎はやまうどのようであった。末の子は女子であった。 


次郎は「ひる子」と言って、体に骨がなく、床に額をすりつけてかがんでいて、妻は抱き取って食事を与えていた。

妻はきこりを見ていぶかったが、道に迷ったことを言うと、「伐採で近くにきたら寄りなさい。」と言って道を教えてくれた。


その後、きこりは近くにきたおりおり、この館へ寄った。              

ある年の春、この館に火事が出て不具の次男が焼死した。ところが、その後、末の女子が次郎のように手足の骨が柔らかくなり、床に伏してしまう病となった。

「いかにしたことか。」と親もなき暮らした。 この山は山鬼が来て人の骨を抜くことがあると言う。


この山館の主の祖先は、いつの世の乱をここに逃れ、隠れ暮らしたものである。 今も仲間の恨みは残っている。

思いおこせば山館から近い奥山に沼があり、雨が降ったり風が吹いたりした時には龍馬が出てせり歩くことがあった。

祖先がかった仲間の恨みが山鬼となって我が子に現れたものと合点したという。 

真澄が描いた野田の鳥居

野田登山口の鳥居

真澄が描いた不動の滝



不動の滝


真澄:おろちの峰

おろちの峰(頂上からの展望)