鳥追いと綱引き

=真澄記= 
この里の鳥追は、笛太鼓で拍子をとり、あるいはほら貝を吹いて、三四尺の雪を踏み分けて、里の西、北楢岡に近い境橋というところに来て、雪の上に管むしろを敷いて座り、氷った樽酒を酌み交わす。 
その中から、一人の男が菅笠を斜めにかぶり、笠を手に立ち上がると、ほかの人は手をたたいて、「見さいな、見さいな、餌刺舞(えさしまい)を見さいな」と囃すを、餌刺のまねをして歌い踊る。 

鳥追が終わると町の長の門を中心に綱引きが始まる。 
六日・七日の頃、子供たちが、家々をまわって「千代の寿、、」と、この里の歌を唱えると、稲藁を一束・二束とそれぞれ出してくれる。 
この藁を集めて大綱になって、東西に分けて雌綱雄綱の二本を合わせる。 
その大綱にには、千本もの小綱を木の根のように付け、小綱には町の男女・子供・盲にいたるまですがりついて、引き合うのである。 

さえわたる夜のふけるのも知らず、片脱ぎの体に汗して、雪を踏みしめ、負けず劣らず曳き合っている。 
雄綱が勝つと、秋の稔りが良くなく、雌綱が勝つ時は秋の千町田に八束穂(やつがお)が打ち寄せて民草が栄えると言う。