雪の八木山越え

=真澄記= 
十月六日伏見に向かう。 
伏見では増水のため川止めをしていた。宿では乙女たちが木の皮から糸をよる仕事に精を出していた。 

七日にはみぞれ、八日にはこやみなく雪が降り、藁小屋の軒の高さにまでなった。 

九日には日がほのかに照り、屋根の雪が崩れ落ちる音が地震のようであった。 

十日、道がついたという知らせで、鳥海川を渡り、雪の中を行くと笹子川にかかるつり橋があった。 
藤つるを渡し、丸太を並べて編んだだけのものである。 
丸太に積もった雪は半ばとけ、その間から谷川がとどろき流れていた。 
人の助けを借り、橋がゆらゆらとゆれる中を、震えながら渡った。 

八木山を越えようと進むと、樵(きこり)が通った道がいくつも見えて迷っていると、富山の薬売りが来たので、その後をついていった。 
かんじきをはいて凍った雪の上で木材を運ぶ樵(きこり)に聞くと、この山を下れば「おくに」(秋田)です。 と教えてくれた。 

木材を積んだそりと行きかうほか人影はない。 
いく筋かの道は、熊や猿の通った跡だと言う。 
はるか谷底に人家があるが、雪の下となって煙だけが立ち昇っている。 

ようやく山を下りると、路の傍らに大雪にもかくれず、大きな柱が立っている。「田畑のものを盗み取った者は、この柱にくくりつけるべし」とかいてあった。 
田茂沢(羽後町)という家が三軒ある村に宿を求めた。 
軒下には滝の糸でも見るように垂氷(たろっぺ・つらら)のかかっているのに夕日の影がさやかに映るのを仰いで眺めた。

伏見の町並み

ここから八木山超え

八木山超え


八木山峠の景色(鳥海山)

田茂沢の農家

田茂沢の集落