三厩観音堂縁起(三厩)

=真澄記=

円空大師が夢の中に観音が現れ「我久しくここ在り、願わくば陸奥の三厩に至り島渡りの舟を守り、浦の守りとならん。」と言う。驚きすぐこの津軽の浦に来た。まさにその観音は三厩の伊藤五郎兵衛の庭に祀ってあった。

それは、越前の国の足羽某が同じ夢を見て、自ら所有する観音をこの三厩の伊藤五郎兵衛に託したものであった


その観音は一寸二分の白銀の観音で、源九郎義経が兜に収めて多くを戦い、勝ちを得たとの文状が花押とともにあったものである。

円空はこの白金の観音を懐に抱かせた観音像を自ら彫り、改めて義経の像であることを記して三厩岩の上の磯山を開いてその御仏を置いた。


今は円空が書いた文書も所々文字もかすれてきた。ある年円空の作った観音像を簾の奥に設置して拝んだことがあった。

その年は風雨が激しく海が荒れ、光り、寒々をした年になった。

今は住職の他、拝む住人もあまたで、三寶鳥(仏法僧)も鳴いて、袖がすれ合うほどの賑わいになっている。


真澄:三厩石

三厩石

龍馬山義経堂


真澄:三厩の浦

三厩の海岸